ホーム

基礎から論考する

地球温暖化

- 科学・歴史・懐疑論 -

 

祝 ノーベル物理学賞受賞! 真鍋淑郎氏の論文 和訳(仮訳)

“Thermal Equilibrium of the Atmosphere with a Given Distribution of Relative Humidity”
SYUKURO MANABE AND RICHARD T. WETHERALD
Geophysical Fluid Dynamics Laboratory, ESSA, Washington, D. C.
(Manuscript received 2 November 1966)

『相対湿度の分布が一定の大気の熱平衡』
真鍋淑郎とリチャード・T・ウェトヘラルド
地球物理流体力学研究所、ESSA、ワシントンD.C
(1966年11月2日受理)

(原論文URL) https://climate-dynamics.org/wp-content/uploads/2016/06/manabe67.pdf

twitter @アレニウス万歳!@Viva_Arrhenius

NEW!
BS世界のドキュメンタリー『地球温暖化はウソ 世論動かす“プロ”の暗躍』文字起こし


PDF版もありますので、こちらもご活用ください。

目次

基本的なスタンス・はじめに

第1章    温暖化の原理 

第1節    「温室効果」と温暖化
1.「地球放射」と「太陽放射」
2.温室効果ガス
 (GHGs:Greenhouse gases)
3.エアロゾル
 (またはエーロゾル))
4.雲のできる原理
5.単位
6.なぜ、気体分子が温室効果を
 持つか(やや難)
7.気温
8.「第5次評価報告書RCPシナリオ」
 と「1.5℃特別報告書」
9.エネルギーとその単位 
    (後半はやや難)
10.大気の構造

第2節 自然要因
1.火山活動
2.太陽活動
3.ミランコヴィッチ・サイクル
4.「スベンスマルク効果」
5.ヒートアイランド
6.古気候
7.過去2000年の気温変化

第3節 地球のエネルギー収支
1.エネルギー収支図 (やや難)
2.気層モデル(難)
3.「飽和論」

第4節 コンピューターシミュレーション
1.なぜコンピューターを使うか
2.打率

第2章 気温上昇がもたらす現象

第1節 気候の変化
1.大気循環の変化
2.気候の極端化(やや難)

第2節 温暖化と台風
1.台風とは
2.「気候の極端化」と台風
3.2019年台風19号
4.世界と日本の平均気温
5.雨量増加
6.速度減少
7.台風被害
8.西日本豪雨

第3節 フィードバック
1.水蒸気フィードバック
2.雲フィードバック
3.気候-炭素循環フィードバック
4.森林火災
5.ミッシング・シンク

第4節 水資源への影響
1.雪氷アルベドフィードバックと土地利用
2.海の吸収
3.海面上昇
4.「水資源」としての淡水・氷
5.海洋酸性化、サンゴの白化
6.メタン(ハイドレート)

第3章 歴史

第1節 時代

第2節 スヴァンテ・アレニウス
1.人物
2.論文の概要 (やや難)
3.アレニウスの気候感度は4℃?5-6℃?
4.論文発表後

第3節 アレニウス論文後
1.「あまり知られていないパイオニア」
2.反論
3.飽和論
4.海の吸収
5.フィードバックとエアロゾル
6.宇宙開発
7.キーリング以降

第4節 考察

あとがき

●参考1 IPCC(国連・気候変動に関する政府間パネル)について

●参考2 (仮訳)スヴァンテ・アレニウス「大気中の二酸化炭素が地球表面温度に及ぼす影響について」(1896年)

●参考3 (仮訳)G.S.カレンダー「人類による二酸化炭素の発生と気温への影響」

プロフィール

更新履歴

基本的なスタンス

なぜ、温暖化について議論するか。それは、まず第一に、温暖化問題がきわめて重要だから、である。温暖化がもたらす影響は、数億人の死者、数十億人の生活の破壊をもたらすとする予測もある。

その対策には、現代文明の根幹に関わる、エネルギー資源活用の改革を必要とする。

こうしたことから、温暖化問題が、これまで知られてきた環境問題の中で、人類への影響が最も大きい問題であることは、ほぼ間違いがない。

一方で、この温暖化問題の理解をむつかしくしているのが、2080~2100年というかなり先の予測であること。気候の予測は多くの人が求める科学技術だが、その中で最も難しい分野の一つでもある。

特に、温暖化問題が大きく注目を集めるようになった1990年代ごろは、温暖化の科学には不十分なところが多くあり、現状では訂正されていることも少なくない。第2次評価報告書(SAR:Second Assessment Report、1995年)発表当時は、「科学的な事実がわかってからでは遅すぎる」と警告を発していたが、それから数十年にわたる研究の蓄積によって科学的な精度は高まり、最近では、あらゆる自然現象が温暖化の兆候を示していると考えられていて、科学的な事実について大きな争いはほぼなくなっているとされる。

この小論は、10年ほど前に流行した「温暖化懐疑論」(IPCCの評価報告書が示す温暖化の科学は誤りで、人間による二酸化炭素の排出などが温暖化をもたらすことはない、または疑わしいと考える議論)を意識して書いている。

温暖化の科学は、現状でも未知の部分が少なからず存在するし、それは研究自体のむつかしさからきており、それゆえ、研究の進展には非常に長い時間がかかる、または今後、ずっと判明しないものもあると思われる。科学には反論が付き物であり、それによって科学はその精度を高めることができる。しかし、「温暖化懐疑論」には、自分の求める結論のために、科学を都合よく解釈したり、不都合な情報を無視したりしているケースが少なからずみられる。中にはきわめて基礎的な誤りが前提になっているのものも少なくない。

一方で、積極的な温暖化対策を主張する科学者がとっている科学的立場は、多くの場合、その正当性が共有されていることが多いが、メディアが取り上げると、過大な表現で脚色したり、不都合な情報を説明から避けたりするなどしているケースが見られ、そのことが、逆に、「温暖化懐疑論」に攻撃の材料を与えてきた。

そうした状況の中で、各国の政府が、正しい温暖化の科学を前提にした政治判断することを目的に、国連の組織であるIPCCが「評価報告書」(現在は第5次)を作成している。

しかし、その評価報告書を見てもわかるとおり、科学的な認識については、現状分析も、未来の予測もそれぞれ難しく、「不確実」とされることが少なくない。

一方で、21世紀(2001年〜2100年)末におこるとされる熱波の増加、海面水位上昇など基本的なところについては、「可能性が非常に高い」とされており、温暖化が起こること、それが人間活動(産業活動による二酸化炭素などの排出)によること、重大な影響があることについては、国際的な合意はほぼできていると言える。

そもそも、IPCCという国連の組織が警告を発し、1997年の段階で「地球温暖化防止京都会議」などいくつもの温暖化関連会議が開かれて、二酸化炭素など温室効果ガスの削減について、科学者や世界中の政府関係者が、温暖化が起こることを前提にギリギリの交渉を行っているのだから、IPCCの見解が世界的に広く受け入れられていることは明らかである。

問題なのは、そのことが一般の人に広く理解されているかというと、必ずしもそうとは言えず、多くの人が「温暖化が問題」とは思っているようだが、科学的、政治的な状況をあまりわかっていない。そもそも、二酸化炭素の増加が、なぜ温暖化を引き起こすか、という基本的なところを理解している人は、相当に少ないのではないか。

そこに、「温暖化懐疑論」または「温暖化否定論」が一時期、一定の支持を得ていたことの原因がある。十分にとは言わないまでも、多くの人に、一定レベルの科学的な理解がなければ、温暖化に対する対応策を考えるのもむつかしいのではないか、というのが私の考えである。

 そのため、温暖化の科学について見ていく前に、まず、私がイメージしている温暖化問題の概略をここで述べ、あとの章で必要な内容について各論を述べることにする。

1.歴史

現在、温暖化の予測がコンピューター・シミュレーションによって示されている状況にあり、世間には、温暖化の科学が、20世紀(1901年〜2000年)の後半にできた新しい学問だとする誤解がある。

たとえば、2006年に放送された『NHKスペシャル 気候大異変 第1回 異常気象 地球シミュレータの警告』(https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20060218)などは、各地の異常気象の予測がコンピューター・シミュレーションの結果として示されている。しかし、「温暖化懐疑論」(または「否定論」)の人達には、温暖化が、コンピューター・シミュレーションが作り出したものだと批判する人が少なくない。

しかし、実際のところ、スウェーデンのノーベル賞科学者であるスヴァンテ・アレニウス(1859-1927)が、19世紀(1801年~1900年)の終わり、コンピューターなどまだなく、気象に関する測定技術が現在とは比較にもならなかったような時代に、現代の温暖化研究の基礎となる理論によって、二酸化炭素が2倍になると、地球が約4℃温度上昇することを、すでに予測している。(→「第3章第2節 スヴァンテ・アレニウス」および「●参考2 (仮訳)スヴァンテ・アレニウス「大気中の二酸化炭素が地球表面温度に及ぼす影響について」(1896年)」)(アレニウスの予測を5~6℃としている文献があるが、これは間違い。後述。)

その30年後にイギリスの蒸気機関技師、G.S.カレンダー(註:日にちを確認するカレンダーのことではなく、人の名前)が二酸化炭素2倍にしたとき、約2℃とする予測を行っている。(→「●参考3 (仮訳)G.S.カレンダー「人類による二酸化炭素の発生と気温への影響」」

二酸化炭素を2倍にした場合の予測値は「気候感度」と呼ばれ、温室効果ガスの評価方法として現在でも使われていて、現在ではおよそ3℃(1.5~4.5℃)と評価されているので、2人の予測はおよそあっていることになる。つまり、温暖化の科学は、125年もの長期の検証の末に、現在の結論に到達しているのである。

アレニウスとカレンダーの時代には、当然、コンピューターは存在しておらず、彼らが手で計算をおこなったことによる成果である。このことは、温暖化は秀逸な着想と地道な観測があれば、基礎的な計算によってある程度検出可能であることを示している。

2.現状

温暖化で語られる「平均気温」は、1年を通した世界中の観測点で測定した平均である。統計というものは、データが多くなればなるほど、その精度が高くなる。そうして得た年ごとの自然変動は、大きくても±0.3℃程度である。

この問題では2080~2100年といった遠い先の予測を行っているが、こうした統計的手法によって分析を行っていることで、気温、海面水位、雪氷(せっぴょう)の面積の変化などは、20~30年の時間がたてば一定の結果が出ると考えられている。

現状では、気温の上昇も含め、温暖化によって予想される現象の多くが現実に起こっていて、逆に、予想に反する現象はほとんど起こっていない。

大気中の二酸化炭素は確実に増加している

 二酸化炭素は、水蒸気に次ぐ2番目に高い温室効果を持つ気体であることがわかっている。

20世紀(1901-2000)中盤の温暖化(懐疑)論議には、海が二酸化炭素を吸収するので、大気中の二酸化炭素は増加しないとする見解があったが、それが間違いであることは、1950年代終わりから1960年代前半にハワイ・マウナロア山の観測所で行われたチャールズ・デービッド・キーリング(1928~2005)による二酸化炭素濃度の観測によって明白になっている。(→ 「第3章第3節第4項 海の吸収」

1970年代前半の「オイルショック」を知る人は、「石油はあと30年程度でなくなる」とも言われていたことを知っている人もいるかと思う。「温暖化懐疑論」の人の中には、二酸化炭素によって温暖化すると言っても、それまでに、二酸化炭素を排出する元になる石油などが枯渇してしまったら、そもそも二酸化炭素の排出が止まるではないか、とする主張がある。

ここで出てくる「30年」は「石油可採年数」と呼ばれるもので、新しい油田の発見などによって数字が変わり、現在では50年程度、長期見通しでは150年ほどであるという[i]。数十年先に石油がなくなる心配はないが、その結果、二酸化炭素の排出も止まることはない。

発電所、エアコン(クーラー)の排熱などは、温暖化にほとんど影響ない

温暖化は、二酸化炭素という気体が持つ「温室効果」によって起こる。一方で、発電所(火力だけでなく原子力も)などからの排熱の影響はないのか?といった疑問もあるかと思われる。

 理学博士 東北大学名誉教授・近藤純正氏のホームページ(→M43.原子力エネルギーと熱汚染(対談))によれば、影響は非常に小さいという。

発電所は、石炭・石油(化学エネルギー)、ウランなど(核エネルギー)を電気エネルギーに変えることを目的としているが、そのエネルギー効率は30%程度であり、70%のエネルギーが熱として大気と海に放出される。電気エネルギーも、別のエネルギーの形を経て、最終的には熱エネルギーになると考えられている。

しかし、この熱がもたらす温度上昇は、二酸化炭素などの「温室効果」のおよそ50分の1程度と見積もられている。

あくまで人為的な気温上昇であり、自然変動によるものではない

自然な気温変化は、氷河時代において、1万年程度の時間スケールで、場合によっては4~7℃程度の変動があったようだが、大きく見ても100年あたり0.04~0.07℃程度、現在、温暖化によって起こったとされる1750年〜2000年で0.85℃の上昇は、100年で0.32℃程度の上昇になる。1年あたり0.003℃上昇という、一見すると小さく見えるこの数字も、地球全体の平均としてみれば、「統計上」、火山や太陽などの自然現象による変動では説明が困難であると考えられている。(→「第1章第4節第2項 打率」

自然変動でないとすると、他の多くの要素を考えたとしても、それほどの影響を及ぼすものが、人間が排出した二酸化炭素などの温室効果ガスの増加しか思い当たらない。

科学者の予測が的中している

2000~2010年あたりに、世界平均気温が上昇せず、やや低下していた時期があり(「ハイエイタス」と呼ばれる)、こうした時期に「温暖化懐疑論」が流行したが、このような「当面は寒冷化」とされた時期にも、温暖化に関わる科学者の人達は一貫して「しばらくしたら気温は上昇する」と言い続けていた。実際、その後、再び温暖化傾向が見られるようになった。

予測と実際の関係で、温暖化の科学は正しさを示しており、科学に対する信用につながっている。

(参考)
日経エコロミー 連載コラム 温暖化科学の虚実 研究の現場から「斬る」!
国立環境研究所 地球環境研究センター 江守正多
第3回「地球は当面寒冷化」ってホント?2009年4月23日http://www.cger.nies.go.jp/ja/people/emori/nikkei/ecolomycolumn_03.html

気象庁HP「世界の年平均気温」

先ほど紹介した『気候大異変 第1回 異常気象 地球シミュレータの警告』で示した予測は、2019年の台風19号を予見していたとする評価もある。(→「2006年に見えていた巨大台風「日本上陸」の恐怖」2019/10/17 東洋経済ONLINE

また、温暖化問題のだいぶ前に、「フロンによるオゾン層の破壊」(→気象庁HP「フロンによるオゾン層の破壊」)が問題になったが、国際的な研究の集積と国際交渉によって、1987年にカナダで採択された「モントリオール議定書」によってフロン規制が行われた結果、オゾンホールは回復傾向を示しており、対策は成功しつつあると考えられている。

つまり、すでに、大気科学の分野で、国際協力によって環境がほぼ予測通り改善した実績がある。

2020(令和2)年の暖冬は、多くの人に地球に大きな変化が起こっていると感じさせたと思われる。実際、北極の異常高温、例年にない規模の森林火災の頻発による生態系への影響は多大と見られ、現在も続くコロナウイルスのパンデミックの原因が、温暖化にある可能性も指摘されている。

一時期、「人工ウイルス説」などが広がったが、現在は、科学者により否定され、石弘之氏など、環境学者の多くは温暖化の関係を指摘している。

それはまだ、印象の段階であり、科学的に実証されているわけではないが、研究の進展により、今後、明らかにされると思われる。

(参考)
KADOKAWA文芸WEBマガジン カドブン
新型コロナウイルスはなぜ発生したのか、いつ収まるのか『感染症の世界史』著者、石弘之さんインタビュー
https://kadobun.jp/feature/interview/9yhcdzonav40.html

このように、温暖化によって起こると予測された現象については、いずれも、「だから温暖化している」と断定できるものではないが、およそ予想通り、またはそれより深刻な現象が起こっていて、多数の被害者が出ている。特に、以下のような現象が温暖化の影響として注目を集めている。

気候にそれほどの影響を及ぼすと考えられるものは、現在では二酸化炭素などの温室効果ガスしか考えられない。

・世界的な豪雨(2018年西日本豪雨(→「第2章第2節第8項 西日本豪雨」)、2019年台風19号(→ 第2章第2節第3項 2019年台風19号 )、2020年九州北部豪雨で3年連続、三峡ダム決壊憶測)

・海面上昇(すでに、これによる難民問題が多く発生している)(→ 「第2章第4節第3項 海面上昇」

・オーストラリア、カリフォルニアを含めた多くの地域での大規模な森林火災、バッタの大量発生

・伝染病の世界的流行(新型コロナウイルスも、影響が指摘されている)

・世界的な気温の記録更新(特に北極は地球のほかの場所の2倍以上の速さで温暖化が進んでいるとされる)

(→「北極を襲う熱波が記録破りであることを示す6つの事実NATURE 2020.07.07 TUE 08:00」

3.総合科学

温暖化の研究には、さまざまな分野が関わっているが、そのことが理解されているとは言えない。

 そもそも、気象学は地球全体を対象とし、大気だけでなく、天文学(少なくとも太陽、月の影響がある)、海洋、地理学など多様な分野が含まれ、それぞれが互いに相互作用する、極めて複雑な体系である。

温室効果の議論には、特に「飽和論」など、赤外線の吸収についての議論に、高度な原子物理学が要求される。人間による二酸化炭素排出量の推定およびその抑制のための研究は、自然科学よりも工学(電力工学、エネルギー・資源工学、化学工学、・・・)や社会科学(政治学、経済学、経営学、産業社会学、・・・)に属する。

ここ数十年の中で、温暖化の科学は劇的に向上している。温暖化に対する問題意識の高まりから、研究費が増大した分野も少なくないらしい。(それでも研究者たちは「少ない!」というかもしれないが。)

こうしたことをすべて踏まえた上で、予測のためにシミュレーションを行う主体は「スーパーコンピューター」であり、極限まで要求される高速計算能力の開発(日本では「地球シミュレータ」、「京」、「富岳」など)および、そのプログラミングを扱う学問分野は「コンピューター科学」と呼ばれ、世界中の研究者がしのぎを削っている。

地球の現状を把握するために、地上のあらゆる地点だけでなく海を含めた気温、湿度、気圧の測定、動植物の個体数や水質などの環境調査といった生態系に関わる研究(「フィールドワーク」と呼ばれる)などが、現在進行中の温暖化の影響を検証するために、ありとあらゆる分野で大規模かつ継続的かつ地道に行われている。

意外に知られていないと思われるのが、温暖化の科学を下支えしている「地球史」(地層学、古生物学、古気候学)に関わる研究である。そのために、地層(化石を含む)、樹木の年輪や堆積物の年縞(年に一枚ずつ縞状に堆積したもの)、氷床コア(掘削機によって南極やグリーンランドなど様々な氷床・氷河の深層を掘って得られた氷の柱)の大規模な研究が進んでいる。

このように、温暖化の科学は、その内容が多岐にわたり、その全部に精通している研究者はいないと思われる。

温暖化の科学について私が調べてきた中で、こうした全体像が見えていなければ、多くの人に温暖化の科学に対する信頼感が出てこないのではないか?という感想を持ったので、全体像が見えるものを作りたいと考えた。

太陽、地球表面、大気のエネルギーの出入りに関する研究(→「第1章第3節 地球のエネルギー収支」)では、太陽、地球、大気放射(電磁波)の観測が重要になるが、気象衛星が登場するまでは、地球表面や上空での放射の測定を行うことはできても、大気の上端から宇宙へ放射される電磁波を測定することができなかった。1960年代から気象衛星(アメリカのニンバスシリーズなど)が登場したことで、地球の外から放射や海氷面積などを直接観測できるようになった。

温室効果の研究のひとつに、「惑星研究」がある。人類が探査船を送り込んでデータを収集している火星や月、金星などにより、地球とは異なる温室効果の研究ができている。

水蒸気や二酸化炭素による温室効果には上限があるとする説(「飽和論」と呼ばれる)については、特に、金星に送られた探査船(ベネラ、マリナー、パイオニア、など)による調査で、温室効果によって地表面が480℃になっていることが確認されており、これが、大気圧が地球の90倍、大気の大半が二酸化炭素であり、地球の二酸化炭素濃度と比較にならない状態であるためとされている(二酸化炭素だけではこれだけの上昇を説明できないので、水蒸気の影響も考えられている)ことから、地球上でも二酸化炭素や水蒸気による飽和はない(それらの気体が追加されても温室効果の上限はない)ことがわかっている(→「第1章第3節第4項「飽和論」」)。

一方で、アレニウスやカレンダー当時の、地上におけるデータの収集と紙による手計算による研究(しかも、現代から見れば重要ないくつかの視点が欠落していた)に比べて、これだけの新技術を駆使した研究が進んでいるのにもかかわらず、アレニウスやカレンダーのような初期の温暖化研究の結論を大きく覆すことにはなっていない。

4.懐疑論者

多数の気象学者、または少なくとも地学分野の専門家の一定数が科学的知見を批判するのならまだわかるが、ほとんどの「懐疑論者」が、専門外の研究者(中には教育社会学者までいる)であり、その人たちが専門分野の大前提に対して疑問を呈する構図になっていて、その多くが基本的な間違いを含んでいるにも関わらず、その訂正すら行わないことで、温暖化の科学の正しさに疑問を抱く人が多くいる。また、そのことを、多くの温暖化に関わる研究者が怒りを感じている。

「飽和論」のように、現代の懐疑論者が主張している内容の主要なものが、実は50年以上も前に解決している内容であった、などということもある。

そうしたものも含め、温暖化懐疑論者が主張する内容は、いずれも仮説の域を出ず、それを支持する現象の裏付けがない(または、裏付けをしようとしない)ので、そうしたものは、はっきり言えば、科学的議論とは言えない。

学術社会というのは、ある説に対して、一定レベルで多数の賛同があって、初めて「定説」となるのが普通であり、多くの懐疑論ではその構図が成り立っていない。

こうした懐疑論の目的は、科学的に温暖化を否定することよりも、「温暖化の科学には、不明な点が多い」というぬぐいがたい印象を与えることを目的にしていると考えられている。

「アポロ疑惑」などを考えればわかる通り、主要メディアだから、その科学的主張が信用できるものではない。そして、実は、そのことは地球温暖化問題についても言うことができて、メディアが誤った、または誇大な説明をしてしまっていることも少なからずある。

逆に、地球温暖化の知見は、不確実性の高いもの、この数十年の中で変化しているものも多く、以前は危険性が指摘されながら、その危険性が低下したものもあるのは事実である。

「台風の強度化」については、不確実性が高いにもかかわらず、大型台風発生の原因を「温暖化による」と断定的に表現してしまうなどもその一つである。

研究者やメディアは、ただ、温暖化の危険性を強調するだけでなく、こうしたことについても正しく説明することが求められる。そうした面からも温暖化の科学の全体像——現代の科学技術のルーツをたどる、いわゆる「科学史」だけでなく、ここ数十年ほどの科学問題およびその経緯も含む——は、科学を多くの人が理解する上でとても重要になる。

これは、温暖化に限らないが、科学的理解を、自分の感覚だけに頼るのも妥当ではないし、学者の見解に従うだけなのも妥当ではない。科学的理解のためには、基礎知識だけでなく、温暖化以外の別の科学問題の例、科学研究の実際を知るなど、科学社会に対する理解(良い面も悪い面も含めて)を深める必要がある。

こうした科学問題に対して、この小論は、ひとつの提案を目指す。

5.IPCC

 IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)という国際連合の機関が、なぜ、温暖化などの環境問題を扱うのか、正直、私自身が理解していなかった。そもそも、日本では、国連に対する問題点ばかりが語られ(実際、あるにはあるが)ていたところがある。

悲惨を極め、1600万人もの死者が出た第一次世界大戦(1914-1918)の反省から、国際平和機構としてできた「国際連盟」(League of Nations)は、紛争解決に一定の役割を果たしたものの、当時、国際連盟では、人権はあくまで国内問題として、国内問題不干渉義務(国際連盟規約15条8項)の下、各国の専属的事項とされていた。(→Wikipedia「国際人権法」)

国際連盟は次なる第二次世界大戦(1939-1945)の開戦を止めることができず、戦争における6000万人もの死者、原子爆弾など大量破壊兵器の使用、そしてナチスドイツによるホロコーストのような、女性や子どもにまで無差別に行われた異常ともいえる大量殺戮まで起こったことが、第二次大戦後に残された大きな課題となった。

その後、人権の重要性が認識されるようになり、第二次世界大戦後に設立された「国際連合」(United Nations)では、「人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励すること」(国際連合憲章 第1条)とされた。

第二次大戦前のように、人権を各国の専権事項としているようでは、国際紛争を防止できず、その結果、核戦争などによって人類全体が破滅する可能性すらあることから、国際社会が例外なく、人類の〝すべての″人権を補償する必要があるとする結論に至ったた。その結果、国際連合では、戦争だけでなく、各国内の人権侵害に対する一定の介入が行われるようになったが、その延長線上に、環境問題によっておこる人権侵害に対しても、国際連合は役割を果たすことになった。

こうした国連の目的から、各国の協議によって、温暖化被害に対する救済はすでに決まっている。

マネー現代 2020.1.9 グレタさんばかりが注目される「COP25」の日本人が知らない現実 国連事務総長は何に「失望」したのか  夫馬 賢治 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69403
気候変動を話し合う国際会議で「合意に至らず」と報じられると、「CO2の排出削減はやはり無理だよね」という空気を感じるかもしれない。今回、日本の政策が批判されるニュースが多く報道されたこともあり、「結局、日本だけじゃなくて、他の国も対応を渋ってるじゃないか」と言いたくなる人もいるだろう。    でも実際はそうではない。世界190ヵ国以上が二酸化炭素排出量を削減する目標を設定することも、発展途上国を先進国が資金・技術的に支援することも、支援の金額も、すでにパリ協定の中で決まっている。これについては揉めていないし、COP25で議論にすらなっていない。パリ協定の加盟国は、皆これを受け入れているからだ。

(関連)
グレタさん演説のウラで、日本メディアが報じない「ヤバすぎる現実」 巨額マネーが動き出した
夫馬 賢治
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67794?page=3

『「環境難民」を政府は追い返せない──国連人権理事会』(ニューズウィーク日本版2020/1/21)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/01/post-92187.php

 

人類にとって最良の判断を行うためには、正しい「事実」を知ることが前提になる。

特に、温暖化の科学には不確実な部分が少なくなく、科学的な認識の違いが対策のための国際的な議論に大きな支障をきたすことから、国際的に科学的な認識を統一することが求められる。そのため、IPCCの評価報告書、特に「政策決定者向け要約」では、各国の代表者が1行ごとの承認をする形となっていて、形式上、各国の政府は評価報告書の科学的な見解を認めていることになる

ちなみに、IPCCは独自の研究をしているわけではなく、各国で行われている研究を集約する形で「評価報告書」を作成している。

Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル) From Wikipedia, the free encyclopedia(和訳) https://en.wikipedia.org/wiki/Intergovernmental_Panel_on_Climate_Change
何千人もの科学者やその他の専門家が自主的に[10]レポートの作成とレビューに貢献し、レポートは政府によってレビューされます。IPCCレポートには、「政策立案者のための要約」が含まれています。これは、参加しているすべての政府からの代表者による1行ごとの承認が必要です。通常、これには120か国以上の政府が関与します。[11]   Thousands of scientists and other experts contribute on a voluntary basis[10] to writing and reviewing reports, which are then reviewed by governments. IPCC reports contain a “Summary for Policymakers“, which is subject to line-by-line approval by delegates from all participating governments. Typically, this involves the governments of more than 120 countries.[11]

 第1次評価報告書の発表からすでに30年が経過している。[図1‑2]を見ると、「人間活動が及ぼす温暖化への影響についての評価」は、評価報告書が改訂を重ねる中で可能性が高まり、現在では「可能性が極めて高い」(95%以上)に至っていることがわかる[ii]

――――――――――――――――――――――――――――

以上、いくつかに分けて議論を行ってきた。

すでに、世界中で温暖化の影響が指摘される(実際、政府もそう言っている)気象災害がいくつも起こっていて、温暖化の科学は未来予測の問題である一方、これまでに起こった被害の原因究明の側面も持っている。

すでに日本においても、温暖化の影響と考えられる気象災害などの被害者が多数いる状況でもあり、特に今後、懐疑論を展開するにしても、それなりの配慮が必要になると思われる。

明日香壽川 日本の温暖化外交が死んだ日『世界』, 岩波書店, 2012年4月号, p.265-280 http://www.cneas.tohoku.ac.jp/labs/china/asuka/_src/sc295/90A28AE8AF18De201294N48C8E8D86.pdf
 いずれにしろ、日本での温暖化問題をめぐる状況においては、すでに発展を終え、かつ一人当たりで温室効果ガスをより多く排出している先進国に加害者責任があるという認識が圧倒的に乏しい。水俣病をはじめ、すべての環境問題を考える際の原則となっている「汚染者負担原則」は深く語られず、加害者として自分たちが排出している温室効果ガスが脆弱な地域に住む世界の人々を苦しめているという自覚もない。

2019年に暗殺された中村哲医師(1946-2019)のアフガニスタンでの活動では、すでに温暖化で干ばつ(雨が降らないなどの原因で起こる長期間の水不足の状態)が進んでいるという認識で多くの人が活動に参加している。

温暖化問題は、2080~2100年という先の問題であり、私などは2100年の段階で生きている可能性はほとんどない。一方で、環境活動家・グレタ・トゥンベリさんなど現代の10代は生きている可能性がある。

上記に関連して、二酸化炭素の増加は、1700年代後半の産業革命から進んでいて、温暖化もそれによって進んできたと考えられるので、突き詰めて考えると、温暖化問題は、西洋を中心に化石燃料を使用した産業の拡大を極限まで進めてきた近現代における人類の営みが、人類すべてに寄与するものだったのかが問い返される本質的な問題でもある。(私自身は、単に否定するつもりはない。)

温暖化で起こっている現象は、何も科学分野だけではない。温暖化の過程で、想定を超えた気象災害の頻発によって、保険会社が大量に倒産しているという。(NHKスペシャル『世紀を越えて 地球 豊かさの限界 第5集 未知の恐怖 CO2との戦い』1999年3月21日放送)

温暖化の影響を感じている人が世界的に多くなっているからか、海外では環境関係の政党が躍進するなども起こっている。アメリカのように、逆の現象が起こったところもあるが、そうしてできた政権は4年で終了した。

こうした傾向を、日本の政府や専門家だけでなく、多くの人々も読み取っているとみられる。私が見聞きする範囲でも、これまで環境問題に関心の低かった人々も温暖化問題を意識するようになっている。

気温上昇や海水面の変化などは、春夏秋冬における変化や満潮干潮に比べて大したことないとする指摘があるが、地球規模で変われば、その影響は甚大となる。

評価報告書で示されている変化はあくまで平均であり、影響の大きく出るところ、小さく出るところがある。

また、重要なのは100年後の状態そのものというより、その間に起こる変化や現象に、多くの人が対応できず、高温、災害、干ばつなどで、人の生命が危険にさらされてしまうことの問題である。

生命・生態系は進化の過程でこうした短期間の変化にも追いつける形質を獲得しているかもしれないし、おそらく人間という種も対応すると思われるが、社会システムは急激な変化に対応することが困難だと推測されている。変化はできる限り小さくしなければならない。

すでに、これだけ国際社会の意識が高まっているところで、程度の問題はあるものの、多くの国の政府は何らかの対策をとることは間違いない。

科学的にデータは出そろいつつあり、温暖化対策を求める声がここに来て日本でも高まっている社会的状況(国際的にはかなり前から高まっていた)からして、すでに、温暖化対策(具体的には二酸化炭素削減)を躊躇する段階にはないと思われる。

懐疑論者は、温暖化の科学のもつ不確実性を武器にしているが、温暖化がどうなるかわからない、ということは、逆、つまり想定より悲惨になることもあり得るということである。温暖化対策を「保険」と理解すれば、その適応には十分な状況にあると言える。

一度、徹底的な対策を取ることになれば、それ自体が「実験」になり、それにより地球の環境は変わるので、現在予測している2100年の現象はそもそも実現しないことになる。実験結果を厳密に確かめるには、タイムマシンと「地球がもうひとつ」必要になると指摘する科学者もいる。

おそらく20年程度で見えてくるものもあるだろうし、実は、私は、それによって、全体とは言わないまでも、一部については現状の科学的知見が覆る可能性もあると思っていて、その場合、対策の方向性を変更すればよいと考えている。その意味では、私も「温暖化懐疑論者」である。

現状で「懐疑論者」と自認する人たちは、自説の正しさを証明するために、積極的に温暖化対策に協力するべきである。

←BACK  HOME  NEXT→


[i] 「一般財団法人日本エネルギー経済研究所 石油情報センター 可採年数 石油ってあとどれくらいあるの?」https://oil-info.ieej.or.jp/whats_sekiyu/1-5.html

[ii] 評価報告書では、可能性の表現が、すべて数値で表される確率に応じて決められている。

1 本政策決定者向け要約では、利用できる証拠を記述するために、「限られた」、「中程度の」、「確実な」を、見解の一致度を記述するために、「低い」、「中程度の」、「高い」といった用語を用いる。確信度は、「非常に低い」、「低い」、「中程度の」、「高い」、「非常に高い」の5 段階の表現を用い、「中程度の確信度」のように斜体字で記述する。ある一つの証拠と見解の一致度に対して、異なる確信度が割り当てられることがあるが、証拠と見解の一致度の増加は確信度の増加と相関している(詳細は1 章及びBox TS.1 を参照)。

2 本政策決定者向け要約では、成果あるいは結果の可能性の評価を示すために、次の用語が用いられる。「ほぼ確実」:発生確率が99~100%、「可能性が非常に高い」:発生確率が90~100%、「可能性が高い」:発生確率が66~100%、「どちらも同程度」:発生確率が33~66%、「可能性が低い」:発生確率が0~33%、「可能性が非常に低い」:発生確率が0~10%、「ほぼあり得ない」:発生確率が0~1%。適切な場合には追加で以下の用語を用いることがある。「可能性が極めて高い」:発生確率が95~100%、「どちらかと言えば」:発生確率が>50~100%、「可能性が極めて低い」:発生確率が0~5%。可能性の評価結果は、「可能性が非常に高い」のように斜体字で記述する(詳細は1 章及びBox TS.1 を参照)。

はじめに

IPCC第5次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 気象庁訳(PDF 5.4MB)
気候システムの温暖化には疑う余地がなく、また1950 年代以降、観測された変化の多くは数十年から数千年間にわたり前例のないものである。大気と海洋は温暖化し、雪氷の量は減少し、海面水位は上昇し、温室効果ガス濃度は増加している(図SPM.1、図SPM.2、図SPM.3、図SPM.4 を参照)。{2.2、2.4、3.2、3.7、4.2~4.7、5.2、5.3、5.5~5.6、6.2、13.2}

この小論を本格的に書き始めたのは、台風15号(2019年9月9日上陸、Faxai)、台風19号(同10月12日、Hagibis)、さらに10日後の21号(2019年10月23日、上陸せず)の被害が過ぎたところだったと思う。

特に、台風19号による被害は大きく、死者106人、行方不明3人、被害総額は1兆8600億円[i]とされている。

ここにきて、こうした「スーパー台風」が発生する原因が「地球温暖化」にあることが、半ば当然のように言われるようになり、これまで地球温暖化について関心のなかった人も、その脅威に恐れを感じるようになったようで、実際に、私の周りにも、そのような声が聞かれる。

後でくわしく述べるが、このことは基本的にはあっているものの、現状を正しく理解するためにはもう少し説明が必要である。

不謹慎を覚悟で言うが、私は、ここにきて、気温上昇が観測されるようになったことに、少し安堵してしまった。

温暖化の科学は、間違っていることに越したことはない。温暖化しなければ、何も対策をする必要はないのだから。

温暖化を止めるためには、温暖化の科学が正しいと理解される必要があり、そのために温暖化の現象がなければならない、というのは、温暖化の科学がもつ特有の皮肉としか言い様がない。

私は、過去に、評論家の「個人誌」(商業誌)に地球温暖化をテーマにした以下のも含め、評論文をいくつか書いたことがある[ii]。(もちろん温暖化「肯定論」寄りの立場で。)

『飢餓陣営』(09・3)/(新連載)混迷する「地球温暖化論争」を解体する(1)(2)―養老孟司・池田清彦『ほんとうの環境問題』、橋爪大三郎『「炭素会計」入門』を読みながら

個人誌を主宰する評論家との関係は、正直、良好とは言えなかったが、ほぼ1年間、「温暖化懐疑論」(温暖化について通説とされている見解が科学的に間違っているとする論説)に向き合ったことは、私にとって、とても貴重な経験となった。当時は、書店の本棚に「温暖化懐疑論」の本が何冊も並ぶ状況で、気温の上昇も停滞しており、大規模な気象災害があまり問題になっていなかった。

「温暖化の原因は、太陽活動の変化によるものだ」
「最近は、温暖化が止まっている」「もうすぐ氷河期がやってくる!」
「二酸化炭素は増えても、大気はもう太陽光を吸収しない」
「温暖化しても、それによる雲の増加が温暖化を抑制させる」

公的な場で文章を書くと、一定の責任感もあって、その後も、その分野について考え続ける。
あれから10年以上が過ぎた。

当時は見えていなかったことも少なからずあったが、私の当時の見解は、いまのところ、およそ間違っていなかった、と感じている。

 意外に知られていないようだが、学術的に正当だと考えられていたことが、メディアを通じて批判されて、大きく話題になったことがこれまでに何度もある。

 私は、こうした、科学における専門家と、そうでない多くの人々のギャップが原因となる、特に「疑似(ぎじ)科学」(科学のように見えて科学ではない)問題に、これまで関心を持ってきた。私にしてみれば、「温暖化懐疑論」問題は、「薬害エイズ事件」、「ダイオキシン問題」、「ガン論争」、「学力低下論争」(特に、学力調査の統計の問題、「社会科学」に属する)、「アポロ疑惑」、「福島第一原子力発電所事故」に続いて発生した「疑似科学」問題の一つである。

「アポロ疑惑」については、たまたまだが、これらの疑惑が解けていない段階で、文章を発表する機会にも恵まれた[iii]。私はこの小論を書きながら、「地球温暖化懐疑論」が、「アポロ疑惑」などと重なる部分が少なからずあると感じてきた。

「アポロ疑惑」を知らない人も多いと思うので、ごく簡単に説明しておこう。

「アポロ疑惑」とは、メディア、特に、2001~2002年にテレビ朝日で放送された『不思議どっとテレビ。これマジ!?』において、1969年に行われたアポロ11号による人類初の月面着陸を「ねつ造」として、月面上の映像に、科学的に不自然と感じられるところを何点も取り上げたことで、多くの視聴者が、アポロの月面着陸をインチキだと思うようになってしまったことである。(→Wikipedia「アポロ計画陰謀論」

しかし、このような疑惑が事実であり得ないことは、考えてみれば当たり前のことで、そもそも、アポロ計画は30~40万人が関わっていたとされる膨大なプロジェクトであり、アポロからの電波の受信は、世界各国で行われていた。すべてをだましてそんなことができるか?と考えれば、アポロ疑惑などあり得ないことは明らかで、実際、『不思議どっとテレビ。これマジ!?』は、「放送倫理・番組向上機構(BPO)」でも問題にされた。

その後、テレビ朝日は、別番組で「アポロ疑惑」を否定する(すなわち、月面着陸の事実を認める)内容を放送している。さらに、アポロ疑惑を払しょくするためか、2011年にアメリカの無人月探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」によって、月表面に残された着陸の痕跡が、高解像度画像によって撮影されている。

 世界的に認められている科学組織に対し、専門外の学者がメディア(温暖化問題の場合は主に書籍)の力で猛然と科学的知見を全否定し、一時的に一般大衆に認められるものの、科学者の反論と新事実によって、時間の経過とともにその間違いが明らかになっていった、ということは、温暖化問題の以前に事例が存在していたのだが、「アポロ疑惑」などのような事例が、地球温暖化問題で生かされることはなかった。「温暖化懐疑論」に関連する書籍を読んだ子どもたちはそれほど多くないと思うが、大人の方々の中には、懐疑論の論点(多くが、本人たちのオリジナルではなく、かなり以前に解決している問題)を未解決のものとして認識していると思われる。

 このように、科学の問題であっても科学の中だけで解決するのには限界がある、という事実が存在する。このようなことから、「温暖化」だけでなく、広く「環境問題」、またさらに広く「科学問題」、また、科学をめぐる「社会問題」(政治、経済、教育、歴史、・・・)として見ていくことが、科学をより深く理解するためには必要なのではないか。
こうしたことを扱った学問分野を、一般に「科学論」という。

科学論(読み)かがくろん(英語表記)philosophy of science ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説 https://kotobank.jp/dictionary/britannica/283/
科学が個別的対象についての認識の発展を企てるのに対し,科学論は科学の原理や前提に立脚し,科学を人間活動とみて,その社会的,歴史的基盤を問題にする。

この小論は、できるだけ中学教科書レベルの科学知識で書くことを目指して書いたが、温暖化の科学は、内容によっては大変レベルが高く、そもそも、地球全体をイメージすることの難しさもある。この小論を読む際、むつかしいところでは高校レベル、またはそれ以上の知識は出てくると考えて欲しい。(その際は、できるだけ、簡単に理解できるように心がけている。)あくまで理解を助けるためと思って、少々長めの脱線もあるため、本来の目的を忘れないように読んでほしい。

当然、この小論を大人の方が読まれることもあると思うが、中学・高校の理科を思い出しつつ読み進めていただくとよいかもしれない。

何も、全体を読まなければ何もわからないということはない。とりあえず、最初の「基本的なスタンス」を読んでいただければ、私の目的は、半分程度は達成される。

論理的な流れを意識して、この小論の構成を決めているが、「第2章 気温上昇がもたらす現象」「第3章 歴史」から読み始めることもありである。

温暖化の科学の中には、中学レベルの理科の基礎的な内容が多く含まれていて、学校の授業の中でも、この小論に載っている内容が出てくることになるから、関連付けて勉強をすれば、学習効果も上がると思う。すべてを読むのに、何も、慌てる必要はない。

難しいと私が判断したものについては、項に「難」「やや難」などの記号をつけてあるので、読むにあたって参考にされたい。また、意味のわからない用語があったとしても、PDF版であれば、「検索」の機能で同じ用語を探すことができるので、利用するとよい。

この小論は、過去に温暖化問題に影響をおよぼした「温暖化懐疑論」によって生じたと思われる温暖化についての科学的な誤解を解くことを出発点としているが、温暖化の科学について、その全体像を見渡すことを目的として書いている。具体的な目標として、「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」が2013年に発表した「第5次評価報告書」、特に「政策決定者向け要約」を読むときの基礎知識を提供することをめざして文章を構成している。温暖化の科学を理解するために、私の小論を参考に、以下に紹介する評価報告書を読んでほしい。

(気象庁HP IPCC 第5次評価報告書)
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/index.html
●IPCC第5次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 気象庁訳(PDF 5.4MB)
気象庁訳正誤表(H27.12.1)(PDF 211KB)(上掲のPDFファイルは修正済みです)
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdf

今回扱うのは、第4次と第5次の評価報告書を中心に、基本的に第一作業部会(WG I)および、統合報告書の「自然科学的根拠」に関わる内容である。そのほか、評価報告書とは別のタイミングで発表される「特別報告書」(special report)などがあるので、できれば、この小論の後ろにつけた「資料編」の、以下の項を参考に、他の報告書も読み進めて欲しい。

基礎から論考する地球温暖化 - 科学・歴史・懐疑論 - 資料編
●参考1 IPCC(国連・気候変動に関する政府間パネル)について

ちなみに、2021年4月には「第6次評価報告書」が発表される見通しである(第1次:FAR、第2次:SAR、第3次:TAR、第4次:AR4、第5次:AR5、第6次:AR6)。世界の標準的な温暖化に関する知見が変更される部分も出てくると思われる。報道があまり伝えていないようだが、2018年に発表されて日本でも大きく報道された「1.5℃特別報告書」は、厳しい削減目標の必要性を説くものであった(このこともあまり伝わっていない)が、これは、第6次評価報告書の第一弾として発表されたものであり、すでに新たなる枠組みが出始めていることになる。

HOME NEXT→


[i] 台風19号の被害額、約1兆8600億円…統計開始以来で最多

読売新聞オンライン2020/08/21 21:02 https://www.yomiuri.co.jp/national/20200821-OYT1T50248/

[ii] 他には、『SSKレポート』(2007.4号)など

[iii] iTSCOM.net 1年まえ組中等部 せん(先生)でん(伝言板)第11回 小西一也

http://www.itscom.net/contents/maegumi/chutobu/index012.html(閉鎖)

小西 一也(こにし かずや)

Copyright© 2021 Kazuya Konishi. All Rights Reserved.